実家から出て早8年、母親から母子手帳をもらった。
従来の母子手帳の使い方としては子が出ていくタイミングで渡すそう。子宮頚がんワクチン接種の際の受付で言われて初めて知った。そうなの?妊娠したらもらうということしか知らなかったため、もちろんノー所持、即帰宅。
母子手帳って子供のためのものなのか、母親の妊娠出産思い出手帳とばかり思っていたためこの歳まで自分の母子手帳があるとすら思わなかった。子供の所持物なのか、あれ。
数日後届いた母子手帳を見て、涙が止まらなかった。
まず私の母はバツ2である。私含めそこそこの数の子供達を産んだ。
幼い頃は母と交換日記をするほど仲が良かったが、下の子たちが生まれ、生まれたばかりの赤ん坊を小学生にあがったばかりの私と姉に押し付け毎夜パチンコに行く母に対して怒りと憎しみから罵倒し、そこからあまり話をしなくなった。
そのため自分が物心つく前のこと、実の父についてはほぼ知らないままこの歳まできた。
今更母に何十年も前に別れた実父について聞くのも憚られて、父について知ってることといえば実家にある唯一の家族写真から得られる外見情報のみだ。
しかしなんと今回送られてきた母子手帳に実父の情報が載っていた。
父親の本名、歳、そして別れた時期。
私が生まれた4ヶ月後にはもう離婚していた。
衝撃的だった。
父よりも9歳年下の24の母を、出産4ヶ月で捨てた。
2歳と生後4ヶ月の娘たちと母を捨て、他の女の元に行ったらしい。
あまりのクソ野郎さに怒りで涙が出た。
そして過去の自分の行動に対して後悔でさらに泣いた。
私を産み、父に捨てられ、心身ともにボロボロの中、暴力を振るうこともなく健康に育ててくれた。
感謝はすれど憎むことなんてできない。
下の子たちの父親は母より10個下のDV野郎で、そいつのせいで母はパチンコに行くようになった。
本当に憎むべきは母を苦しめたクソ野郎たちじゃないか。
DV野郎は子供も関係なく暴力を振るう奴だったため、私と姉は祖母の家に避難していたが母と下の子達は逃げられない。
暴力を振るわれないために、振るわせないためにパチンコに行ってたのか、DV野郎から子供達を離すため?
まぁ、ここら辺の母の意図はわからない。
結局大人がいない家で、自分の世話もままならない中子供たちの面倒を見させられたという事実は変わらない。この時のことはそういうバックグラウンドがあったって中々忘れられるものではない。
母子手帳にはただただ事実と、その記録が残っているだけ。
母のことはわからない。
自分がここまで健康で生きてこれたという事実だけで十分。
感極まって育ててくれてありがとう、こんなに大切にされてたなんて知らなかったと久しぶりに母にLINEしたら「」という何の感情も読み取れないスタンプが一つ押されただけだった。